なぜ朝井リョウの「武道館」は浅いのか。そして「武道館」変態ハロメン版

なぜ朝井リョウの「武道館」は浅いのだろうか。

最初から結論を書いてしまえば、朝井リョウの「武道館」は、アイドルの女としての業を恋愛という一面からしか描いていない。

日常的にキモヲタに犯される妄想でクチュっていたりするという、アイドルの業の深さや変態性欲の強さ、特にハロプロのアイドルの女の子達の抱えている様な異常な変態性が、朝井リョウの「武道館」ではすっぽりと抜け落ちているのだ。

なぜ朝井リョウの「武道館」は浅いのかの目次

強烈な「女としての業」の主体であるアイドルを生々しく描き切れていない

なぜ「武道館」を浅いと感じてしまうかというと、「武道館」で描かれる「アイドルとしての自分」と「女としての業」という二項対立の心理描写や葛藤に全くリアリティがないないのだ。

アイドルを続ける動機や理由が「子供の頃から歌やダンスが好きだったから」「ファンのみなさまのために」というのはアイドルとしての建前の言葉なのだ。本気でそんなピュアな動機だけでアイドルをやっているのは、おそらく10歳くらいまでのジュニアアイドルだけではないだろうか。

「子供の頃から純粋に歌やダンスが好きだったからアイドルやってます♪」というアイドルの言葉は、「家族が勝手にオーディションに応募してました♪」くらいの信用度の言葉であるし、建前では「ファンのみなさまのためにアイドルをやっています♪」と言いつつも、本音では「アイドルをやっていて自分が気持ちいいから」という部分も非常に大きいのだ。

「清純でピュアなアイドル」であろうとすることと、セックスや恋愛という「女としての業や欲望」を追い求めてることの心理的な二項対立の葛藤などは現実的ではないし、そこにはリアルな生々しさが全くない。

実際のアイドルの女の子のリアルな生々しい内面では、恋愛に走ることが「女としての業」であれば、また一方でアイドルであろうとすることもまた、それ以上に強烈な「女としての業」を追い求めた結果なのだ。

彼氏との愛や恋愛は女子にとっても食事の様な生きる為に必要なものだが、その様な一般人的な普通の恋愛やセックスだけでは女としての業を完全に満たして満足することが出来ないのが、変態異常性欲の塊であるアイドルやハロメン達の女としての業の深さである。

だからこそ彼女達は一般人の日常の恋愛では決して得ることの出来ない女としての悦楽と快感とエクスタシーを得る為にアイドルとしてデビューしたのだ。

沢山のキモヲタから性的対象と見られ勃起と射精に使われること。この公衆肉便器的な快感は、単に1対1で男と女が付き合うだけの一般人のノーマルな通常の恋愛だけでは、決して味わうことの出来ないものである。

その様な日常生活や通常の恋愛では満たせない女としての変態性欲を持て余した中高生の女の子達が、金を貰えるわけでもないのに、強烈な女としての業を満たすためだけのために、動画で自分のオナニーを実況したり、自分のおっぱいやおまんこをインターネットの掲示板に晒したりしているのだ。

現実としてその様な女の子達は世の中には沢山居て、インターネットもそんな投稿動画に溢れている。これは紛れもない生々しい現実世界の事実だ。

生々しいリアルでは、この世の中の女の子達の多く、そして当然の様にアイドルもまた、強烈な変態的オナペット願望を持っているのだ。

この様な自分のおっぱいやおまんこをインターネットに晒す様な女の子達にとってのアイドルは、少しばかりとは言えお金まで貰いながら、堂々と勃起と射精の性的対象にされる変態願望や女としての業を満たせる最高の欲望の捌け口だ。

「アイドルとは社会の異物である」というのが朝井リョウのメッセージだが、「アイドルとは自ら正常から逸脱しようとする変態である」という方がより適切かもしれない。

ヲタの欲望の対象である純粋なアイドルではなく自らの欲望をヲタで満たす業深いアイドル

アイドルが建前で「子供の頃から純粋に歌やダンスが好き」と言う時も、その本心は「多くの注目の集まるステージの上で得意なエロい歌やダンスを晒してヲタを性的に誘惑したい、そしてもっと勃起と射精の性的対象にされたい」というのが本音なのだ。

「純粋に歌やダンスが好き」というより「変態的で淫乱でドスケベな下心100%の不純な動機で歌やダンスが好き」なのである。

本当に純粋に歌やダンスだけが好きなのであれば、一人でカラオケをしていた方がいいし、一人で部屋にこもってずっと踊っていればいい。しかしそれでは満たされないのがアイドルの変態性欲なのだ。

特にいかにもアイドルらしい可愛いらしい振り付けの多いAKBとは違い、本格的にセクシーな表現も多いハロプロの場合は、歌やダンスを性欲の捌け口にしているメンバーが大半を占めている。

ハロメン達にとってのダンスとはセックスをする自分の姿を隠喩的に表現する為の手段であり、歌とはセックス中の喘ぎ声を隠喩的に表現する為の手段だ。

ハロメン達にとってアイドルとしてステージ上で歌って踊るということは、決して天使の様な純粋でピュアな願いなどではなく、むしろそれは女としての業を満たす強烈なエクスタシーの源泉なのである。

しかし、杉本彩みたいにそんな自分の本性を露骨に晒してしまうと、純粋でピュアな処女厨のヲタ達はドン引きして自分から離れてしまうため、「沢山のヲタに勃起と射精の性的対象にされる」という当初の目的を果たせなくなってしまう。

そこでアイドルは表面上は「ただ純粋に歌とダンスが好き」と清純で無自覚なフリをししつ、エロティックな振り付けや仕草で自分のエロをアピールして、ヲタを性的に誘惑するという手を常套手段としている。

このアイドルとヲタの関係は、捕食者である食虫植物が虫をおびき寄せ、食い尽くす様子と非常に似ている。

アイドルヲタは純粋で清純なアイドル達を自分が欲望の対象としている気になっているが、実際は純粋でピュアなのは処女厨のヲタの方であり、アイドルの女の子の方が、清純で純粋なアイドルのフリをすることでヲタをおびき寄せ、肉食獣の様な性欲でヲタを食い物にし女の業の捌け口としているのだ。

表面的には控え目で清純を装いながら、その内面は肉食獣の様な強烈な女の業を燃やすアイドルの心理を描いた様な「独り占め」(つんく作詞作曲)

朝井リョウの「武道館」で描写の足りなかった元アイドルの救われなさ

この様に現実のアイドルの性欲や女としての業は「武道館」の愛子の100倍激しく、身近な男や彼氏とのセックスだけは満足出来ない女としての業をアイドル活動で得られる強烈なエクスタシーで満たす為にアイドルを続けている。

キモヲタに犯される妄想でクチュリまくることが心の支えの重度のキモヲタレイプ妄想中毒である性処理便器アイドル道重さゆみも、その様な勃起と射精の対象にされる変態願望を満たす為にアイドルとしてデビューした女の子達の一人だった。

そして、かつて国民的人気アイドルだった加護ちゃんもまた、非常に女としての強烈な業が抑え切れないために、オッサンとの熱愛や喫煙も発覚し経産婦となった今でも、アイドル時代の記憶と快感が忘れられずにアイドルの真似事の様なことをし続けているのだ。

朝井リョウの描く「武道館」の世界では、「アイドルに自分の理想を押し付け欲望の対象としているヲタの醜さ」が描かれているが、「ヲタに自分の業を押し付け続けようとする元アイドルの救われなさ」は描かれていない。

加護ちゃんの様な、アイドルであることを許されない、アイドルとして見られることの出来ない立場になってしまいながらも、アイドルであることに対して未練を立ちきれない女の子達の業の深さを描き切ることができれば、朝井リョウの「武道館」はより深い作品となったのではないだろうか。

アイドルを卒業して結婚生活を送っていても、キモヲタに勃起と射精の性的対象にされる快感やキモヲタに犯される妄想での自慰行為の快感が忘れられず、アイドル時代の過去の自分の映像を見返しながら、今でもキモヲタの「ハカセ」に犯される妄想でオナニーをしてクチュっている元アイドル。

これがよりリアルな生々しい「愛子」のアイドル卒業後の姿なのだ。

「アイドルの恋愛はなぜ許されないのか」という問題を真正面から論じるのであれば、「事務所を解雇されて経産婦でバツイチで自殺未遂や不倫の前科もある加護ちゃんをアイドルとして本当に愛せるのか?」という究極的なレベルまでさらに深く問題を掘り下げなければならない。

「武道館」には、アイドルから「普通の女の子に戻ろうとする」愛子というヒロインが登場する一方で、現実の世界では、加護ちゃんの様に卒業後もアイドルの真似事の様なことを続け「アイドルであり続けようとする」女の子が存在している。

加護ちゃんの様に、結婚してセックスして子供を産んでいても完全には満たされない、救いようのないほど深い「女としての業」がある。その女としての業を満たすものは、かつての様にアイドルとして扱われることでしか得られないのだ。

物語としての描写の深みを増す為には、このもう一方の「アイドルであり続けようとする」元アイドル(加護ちゃんは自分にはとって永遠にアイドルだが)の深い女の業についても、より深く掘り下げていく必要があるのだ。

変態エロ写真集も出してヲタに犯されたい願望を隠すこともしなくなった加護ちゃんが、今もアイドルとして大多数のヲタに当たり前に受け入れられる様な世の中になれば、アイドルの恋愛問題なども完全に解決しているのではないだろうか。

アイドルも「普通の女の子」であることを訴えた朝井リョウと変態性欲異常者であるハロメン

アイドルも人を好きになったり恋愛もする「普通の女の子」であるということが朝井リョウが「武道館」で訴える根幹のメッセージだが、問題は、現実のハロメン達の多くは変態性欲異常者で「普通の女の子」ではないということである。

人を好きになるし恋愛もしたい、でも沢山のキモヲタに勃起と射精の性的対象として見られてシコられたい。その動機がある為に彼女達は、大して人気もなく芸能界で成功出来るわけでもなく給与がそれほど多いわけでもないハロプロでアイドルを続けているのだ。

もちろんハロプロでも、ごく一部には嗣永桃子の様なテレビ芸能界での成功者もいたが、その嗣永桃子も完全に芸能界から引退してしまった今、ハロプロから芸能界で成功という道はまともに考えるとあり得ない。

それでもなぜ彼女達がハロプロでアイドルとしての活動を続けているのかというと、変態性欲異常者である彼女達にはハロメンでなければ満たされない快感やエクスタシーがあるからだ。

そんな変態性欲異常者のハロメンの筆頭的存在の一人である「真性ドMレイプ願望型リアルラブドールアイドル宮本佳林」にとっては、朝井リョウが作中のメッセージとして「アイドルも普通の女の子」だと訴えた所で、なかなか普通の女の子である主人公の心情を理解し切ることは難しかったのだ。

ドラマ「武道館」での宮本佳林は、例えると二次元アニヲタのロリコンの性的異常者が、三次元の女の人を好きになる正常な男の主人公を演じさせられたようなものだった。

二次元アニヲタのロリコンの性的異常者にとっては、二次元以外に恋する普通の正常の男の心情はなかなか理解出ず、自然とその役になり切ることは難しい。

同様にハロヲタ用のラブドールとしての自分の役割を自覚する真性ドMレイプ願望の持ち主で、キモヲタに犯される妄想でクチュっている変態性欲異常者の宮本佳林には、朝井リョウの考える普通の女の子である「愛子」の役になりきることは、非常に難しいことだったのだ。

近年のハロメンのキモヲタレイプ願望に非常に疎い朝井リョウ

ではなぜ、「武道館」の原作者である朝井リョウは、近年のハロメンの変態性欲異常傾向やキモヲタレイプ願望に疎いのだろうか。

朝井リョウの考えるヲタ像、そしてアイドル像は、一昔前のアイドルとヲタの関係という感じである。

山崎会長&つんく♂のセンスは一見すると古臭く遅れているようでいて、実はその本質的な部分では逆に時代の最先端を行っている部分もあり、特にアイドルとヲタの関係性で言えば、キモヲタに犯される妄想をしてクチュっている真性変態メンバー、「武道館」の世界で例えるなら「キモヲタのハカセに犯される妄想でクチュってる愛子」が当たり前の様にいるなど、ハロプロは朝井リョウの考えるアイドル像やヲタ像とはやや違う時代を先取りし過ぎた様な変態的な世界を作り上げている。

まだ20代と非常に若い朝井リョウが、なぜこの様な一昔前の古臭い昭和的なアイドル観を持っているのか理解に苦しむが、彼の出自はいわゆる「黄金厨」のハロヲタであり、その後のハロプロ暗黒時代や伝説のライバルサバイバルを肌感覚としてリアルタイムで知らないことが、現在の生々しいリアルなハロプロの雰囲気との世界観の乖離を生んでしまっているのかもしれない。

暗黒期やライバルサバイバルはハロプロの低迷と没落のどん底の出来事であったが、あの時代を経たことで、ハロプロ独特のアイドルとヲタとの一種の一体感が醸成されることとなり、キモヲタに犯され肉棒をねじ込まれる妄想でクチュる変態ハロメンなども当たり前といった変態文化がハロプロに根付く様になった。

しかし、朝井リョウは暗黒期のハロプロの空気をリアルタイムの肌感覚で体験していない為に、あの暗黒期を経た現在のハロメンの変態性欲異常などには疎いのだ。

「売れっ子作家」である朝井リョウと「売れないアイドル」である暗黒期以降のハロプロ

また、朝井リョウとハロメン・ハロヲタとの間の相互理解を阻む壁として、「売れっ子作家」である朝井リョウと「売れないアイドル」である暗黒期以降のハロプロという構造的な溝が存在する。

ベースが黄金期ヲタであり売れっ子作家である朝井リョウは、万人受けする一般的でまともな感覚の持ち主である。

一方で、暗黒期以降は完全に低迷して世間ではマニアックな存在となった、もしくはマニアックな路線に突き進み過ぎた為に一般ライトファン層を失い暗黒期を迎えてしまったのがハロプロであり、そのマニアックで決して売れてるとは言えない暗黒期以降の落ち目のハロプロに魅力を感じて敢えて加入してしまう変態的なハロメンは、一般感覚とはかなり乖離した特殊な嗜好の持ち主である。

ベースが黄金期ヲタである朝井リョウの一般感覚的なアイドル観は、現在のアイドル界でも朝井リョウと同じく売れっ子であるAKBではかなり当てはまる部分が大きいが、アイドル界の中でも非常に特殊でマニアックな存在であり、また一般感覚から逸脱した変態的なメンバーが多いハロプロでは、現実のメンバーの心情とは乖離してしまう部分が大きいのだ。

ドラマ「武道館」もマニアックなJuice=Juiceではなく売れっ子人気アイドルであるAKBが主演し、「ぱるる」こと島崎遥香が「愛子」を演じれば、よりしっくりと来る作品になったのではないかと思う。

朝井リョウが自分の作品がより多くの読者に読まれる「増刷」という言葉が好きな位に、ハロメン達の多くは自分がヲタに勃起と射精の性的対象にされる「ズリネタ」という言葉が大好きな変態異常性欲者なので、逆にヲタが自分をズリネタにオナニーしないと「何で私をオナネタにシコらないの?」と非常に不機嫌になってしまったりする。

そんなハロメン達の心理は通常のまともな感覚だとなかなか理解が難しい。

また、逆にそんな頭のおかしいハロメン達と共感してしまう様な異常な感覚の持ち主だと、作家としては世間では全く理解もされず相手にもされず、食べるにも困る様な「売れない作家」になってしまうので、売れっ子作家である為には、やはり一般感覚を保ち続けていた方が有利なのだ。

暗黒期以降のハロプロは、時代の先を進み過ぎているような山崎会長とつんくのセンスで世間を無視したマニアックな方向に突き進んだ結果、完全に「売れないアイドル」になってしまっている。

そのため、ベリーズ工房から毒を抜いて適度に水で薄めたようなももクロ(ももいろクローバー)の方が、逆に一般世間では人気が出やすい。あまりにも先端的でエッジー過ぎるハロプロやド変態過ぎるハロメンから、適度に角を落として丸く触り心地よくしたものが、世間ではより好まれるのだ。

ももクロのメンバー達のキャラクターが一切「性」や「女」を感じさせないというのも、ハロメンの様に異常なエロスの塊で、ヲタにシコられないと欲求不満になったり、キモヲタに犯される妄想でクチュっているアイドルというのは、一般的な感覚からすると完全にドン引きされてしまうので、ももクロでは出来るだけメンバーの性的な要素を隠そうとしているからだ。

メンバー達に風俗嬢からヒントを得た下衆な衣装を着せる山崎会長も、研修生達に「彼女になりたい!」の様な寺内樺風(かぶ)容疑者の脳内を具現化した様な変態ソングを歌わせるつんくも、根本的に頭がおかしいのである。

そんな変態山崎会長などの息のかかったハロプロを応援するハロヲタとしては、爽やかでイケメンで人気の朝井リョウよりも負のオーラを漂わす芥川賞作家(2011年受賞)の西村賢太氏にシンパシーを感じる。

「風俗」発言の芥川賞作家「私の体からは負のオーラ出てる」
http://www.news-postseven.com/archives/20110224_13377.html

『苦役列車』で第144回芥川賞を受賞した西村賢太氏。受賞の際は「そろそろ風俗に行こうかなと思っていた」などと語り話題となったが、作中の貫多を「(父親が逮捕された)11歳の時点でレールが敷かれちゃってる(中略)僕自身そんな感覚が、今でもありますね」と語る。西村氏は芥川賞受賞後、なにを思うのか?

* * *
「そう。僕の小説で一番の価値は“負のオーラ”だと思うんですよ。それを込められなくなったら並以下の作家に成り下がるしかない。

ただ芥川賞は一応世間的にはすごい賞だと思われているフシがあるから、それを貰っておいて苦役というのも、いい気な話になってしまう。受賞後の会見で『自分よりダメな人間がいると思ってもらえれば書いた甲斐がある』云々と夜郎自大なことをいいましたが、それもちょっとおかしな話になりかねない。けど、賞は所詮一過性のことで、またすぐに僕の体からは暗い“負のオーラ”が立ちのぼりだしますよ。そういう生き方しかできませんから」

そして敢えてそんなハロプロを選んでアイドルをしているハロメン達の多くは、それ以上に異常な変態性欲者で、当たり前の様にキモヲタに犯される妄想やキモヲタに抱かれる妄想でクチュっているので、寺内樺風容疑者の少女監禁事件のニュースを聞いて「樺風容疑者かわいそう!」と思ってしまうくらいにかなり頭がおかしいのだ。

実は、この世間一般のまともな人間は誰も読まない様なキチガイ変態ブログも、Googleの提供するビッグデータによると、20代前半までの女性に異常に熱心に読まれているというユーザー解析データが出ている。

サイト閲覧時間の平均は約2分30分程度だが、女性のサイト閲覧時間の平均は約3分20秒、特に18歳~24歳の女性のサイト閲覧時間は平均で4分と、20代前半までの若い年代の女性に異常に熱心にブログを読み込まれていることになる。

この様にハロメンと同様な一部の変態的な若い女性から異常に熱心に読まれているこの変態妄想オナニーブログだが、「マンコ」「膣破壊」「勃起射精」「乳揉みレイプ」などの卑猥な言葉をひたすら書き連ねるなどしているため、世間の大半のまともな人間は寄り付かず、月間1万PVの閲覧数に留まっている(2017年8月時点)。

暗黒期以降の「売れないハロプロ」はAKBなどと比べて世間では完全に特殊でマニアックなカテゴリーとなってしまったが、このブログも読み物として完全に、世間一般のまともな人間には全く相手にもされない変態マニア向けなのである。

この様に完全に深くまでハロプロやハロメンの頭のおかしい変態的な世界に入り込んでしまうと一般の常識感覚を失ってしまうので、万人受けして一般支持のある売れっ子作家であり続けるためには、ハロプロの世界は浅く触れる程度に嗜むのが正解でちょうどいいのかもしれない。(もっと深くハロプロを知れという言葉は、本人の作家としての将来を考えると強くは言い切れない。)

自分自身としても頭のおかしい異常なハロメンの内面世界の深い泥沼に引きずられ過ぎないように注意している。ハロメン達はみんな見た目が非常に可愛らしく性格も可愛いらしいが、同時にこちらの想定の遥か斜め上を行くレベルで変態で異常なので(特に山木梨沙さんの道重さゆみへのストーカー的執着は頭がおかしい)、それを当たり前だと思ってしまうと色々と危険なのだ。

リアル変態性欲異常者であるハロメンの現実を描く「武道館」変態ハロメン版を作るなら

変態性欲異常者であるハロメン達をよりリアルに描写した「武道館」変態ハロメン版では、アイドルの「愛子」がキモヲタの「ハカセ」に犯される妄想をしながらクチュっている描写やシーンは、絶対に欠かせないものだろう。

やはりキモヲタに犯される妄想でクチュっていたり、キモヲタにシコられたくて清純を装いながらエロアピールしたり、キモヲタに勃起と射精の為の性的対象として見られてオマンコをグチョ濡れにするというハロメンの根幹の部分が描かれていないと、なかなかリアルなハロメンの世界は描き切れない。

「事実は小説よりも奇なり」という言葉があるが、朝井リョウの描いたフィクションである「武道館」の小説よりも、さらに斜め上に激しくぶっ飛んでるのがアイドル、特に変態性欲異常者だらけのハロメンのリアルな現実である。

主演の愛子役を務めたJuice=Juiceの宮本佳林も、もっともっとキモヲタにシコられる為に一生懸命で、頭の中では「どうやってヲタにアピールしてもっと勃起と射精の対象にされようか」そんなことばかり考えて現場や在宅のキモヲタ達に輪姦されて犯される妄想でクチュリまくっているのだ。

だから、朝井リョウの描いた「愛子」の心情が、アイドルとしてのリアルな自分の気持ちとはかけ離れているために理解出来ず、愛子を演じることに宮本佳林は戸惑いを感じたのではないだろうか。

キモヲタブロガーのハカセに振り向いて欲しくて仕方ないアイドルの愛子、キモヲタのハカセにシコられようとパフォーマンス中の目線や仕草などで犯してアピールし続ける愛子とかいうストーリーの物語の方が、真性ドM変態アイドルである宮本佳林にとっては、戸惑いや違和感を感じることなく素の自分のままで演じやすかっただろうと思われる。

そして、さらにはメンバー内でキモヲタのハカセを取り合ってギスギスするグループの人間関係…

現実のアイドルの女の子、特にハロメン達のリアルは、朝井リョウのフィクションより100倍変態で異常性欲なので、本当にリアルな心情を描こうとすると通常の民放ドラマなどでは放送出来ない内容になってしまう。

しかし「ハカセさん私だけを見て!」とDDヲタであるキモヲタのハカセが他のアイドルを応援することに心の中で嫉妬したり、キモヲタのハカセに脳内で犯されてハカセに抱き締められて勃起した肉棒をねじ込まれる妄想でトイレや風呂場でクチュっている愛子の場面など(愛子は真性のド変態で頭がおかしいので、敢えてキモヲタのハカセに犯される妄想が好き)、リアルな生々しいアイドルの心理描写の為にはどうしても必須だ。

この様なリアルのハロメンの心理を生々しく描いた様な描写は、どう考えても一般読者には壮絶にドン引きされてしまうので、「武道館」変態ハロメン版はエロDVDでの制作というのが妥当だろう。

そしてこのエロDVD版「武道館」では、高畑裕太・小出恵介も再び出演させて、この二人に愛子がレイプされる場面もしっかり入れたい。


武道館 (ブルーレイディスク)(2枚組)

小説すばる新人賞、直木賞作家の朝井リョウがアイドルの裏側にスポットを当てて書いた小説を、フジテレビとスカパー!がタッグを組みドラマ化。主役はアイドルグループJuice=Juiceが務め、楽曲はつんくがプロデュース。Disc1には全8話を完全収録。Disc2にはオリジナルシーンを追加したスカパー!バージョン、ライブ映像やメイキング映像集、ネク!ステ動画を収録。

高畑裕太・小出恵介という二人の変態性犯罪者が共演していた貴重な映像が見られる朝井リョウ原作・Juice=Juice主演ドラマ「武道館」

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