情報社会の究極進化により妄想が体験の価値を上回る近未来の世界

日本や他の先進国も含むこの世界では、IT(インフォメーションテクノロジー・情報技術)の進化と普及、そして情報社会の究極的な領域への進展により、人間の脳内の妄想が、実際の体験や経験の価値を上回る時代がまもなく到来しようとしている。

なぜ近未来の世界では、人間の脳内の妄想が現実の体験や経験の価値を上回ってしまうのか。

それは情報化社会の進展によって、一般市民がTwitter(ツイッター)やInstagram(インスタグラム)、Facebook(フェイスブック)などのSNSを通して自らの体験や経験を発信し、誰でもその情報にアクセスして体験や経験を自分の物の様に共有することが出来るようになるからだ。

多くの体験や経験、そして体験や経験によって培われるノウハウなども全て集合知として共有され、情報として社会に溢れかえりつつあることで、独自の体験や経験を持つことの価値や優位性は急激に低下し続けており、近未来ではその価値がほとんど0へと近づいているのだ。

経験や体験が無価値化するとは一体どのような現象か

「経験や体験の無価値化」と一言で言っても、非常に抽象的な概念の言葉であるため理解が難しいが、具体的には一体どのような現象なのであろうか。

コンピューターなどの情報技術やテクノロジーの発達により、個人が長年の経験によって培ったものが無価値化し優勢性を失ってしまったことの具体例としては、かつて日本にも存在し現在は殆んど全滅してしまった写真植字職人(写植職人)や活版印刷職人(活字拾い職人)などが言える。

写真植字職人は、写真植字機を用いて文字を印画紙やフィルムに印字して、写真製版用の版下などを作る作業を専門とする職人を指す。

ゴム印製作所で働く昭和18年生まれの写真植字職人の女性が、実際に写真植字機を使って作業を行う様子を撮影した動画

活版印刷職人は、金属や木に文字を彫り込み判子状にした活字を並べて文章にした活版を作り、それに塗料を塗って印刷する作業(活版刷り)を専門とする職人を指す。

秋田県の山村で47年間以上も活版印刷の地元紙「上小阿仁新聞」を発行する加藤隆男さんが、活版印刷職人の仕事である「活字拾い、組版、印刷から裁断」の一連の工程を行う様子を撮影した動画とインタビュー

「上小阿仁新聞」を発行する加藤隆男さんを取り上げた記事

【活版印刷/活字印刷の新聞社】なんだか尊くて夜中に泣けてきた。 – 文具朝活会・文具祭り主催者の文房具ブログ
http://www.boo3.net/kamikuani_shinbun/

写真植字職人も活版印刷職人も、かつては印刷出版には絶対不可欠な存在であり、特に活版印刷職人は手早く作業し美しく印刷を行える様になるために多くの経験と訓練を積むことが必要な専門技術職であった。

■活版印刷の工程

活版印刷をする際には、まず印刷しようとする原稿と、印刷に必要な活字を用意する。ただし和文の場合は文字が膨大に存在するため、あらかじめ使う活字だけを用意しておく(文選)。

その後、適切な活字を選択し、インテルなどとともに原稿に従って並べる(植字)。

組版ステッキ上に並べていき、数行ごとにゲラに移しながら版全体を作り上げていく。なお、文字ごとに大きさの違う数千種以上の活字から適切なものを選択し、印刷寸法に応じた枠内に適切に配置するには、高度な訓練が必要である。版全体が組み上がったら、バラバラにならないよう糸で全体を縛る(結束)。

その後誤植がないか確認するため試し刷りを行い(校正刷り・ゲラ刷り)、校正の結果、間違いがなければ印刷機に取り付けて印刷する。

印刷後はインクを落とし、活字ごとに版をバラバラにして片付ける(解版)。

活版印刷 – Wikipedia

しかし、現在ではワープロやパソコンといったテクノロジーの普及により、写真植字も活版印刷の工程や技術も完全に不要となり、高度な訓練と経験を要する活版印刷職人や写真植字職人も、ほぼ完全にこの日本から全滅している。

これがまさにテクノロジーの発達による「経験の無価値化」の一例だ。

さらなる情報技術の発達によってこれから起こる事

この様にワープロやパソコンなどのIT・情報技術の発達により、多くの分野で経験とそれに伴う技術の無価値化がすでに引き起こされたが、情報テクノロジーのさらなる発展によって、さらに幅広い分野で旧来的な価値の淘汰が生じようとしている。

情報共有手段であるSNSの進化と社会への普及によって今まさに引き起こされようとしているのが、体験の無価値化だ。

実際、スマホと共にSNSが普及し、TwitterやInstagram、FacebookなどのSNSを通して体験や経験が発信され、誰でもその情報にアクセスして体験や経験を自分の物の様に共有することが可能となったことで、ここ数年で海外旅行者は連続して減少している。

海外旅行者数と海外旅行費用の推移 – 社団法人日本旅行業協会
https://www.jata-net.or.jp/data/stats/2016/05.html

そして、この様に近年減少している海外旅行者の中でも特に減少が激しいのは、子供の頃からデジタルネイティブとしてスマホやSNSを使いこなしてきた20代までの若者世代の海外旅行者だ。

20歳~29歳の若者が最も多く海外に渡航したのは1996年で、年間約460万人の若者が日本から海外へと出国していたが、若者の出国者数は全体を上回るペースで大幅に減少し、2014年には出国者数は260万人台と全盛期からほぼ半減している。いわゆる「若者の海外旅行離れ」である。

若者旅行振興について – 国土交通省 観光庁
https://www.mlit.go.jp/common/001122475.pdf

これは次世代を担う若者たちの動態であり、数10年後、新しい世代である彼らが社会の中心となった近未来では、海外旅行はほんの一部の物好きの為だけの風習となっているだろう。

しかし、これは日本が海外に対して閉じているということではないのである。

むしろ逆に日本と海外とを隔てる敷居は非常に低くなり、SNS等を利用し海外の人間とも簡単にコミュニケーションすることが出来る様になったこと、インターネットの発達によって海外の情報や映像などが簡単に得られる様になったことで、わざわざ海外へと行き海外を体験する必要がなくなっているのだ。

もちろん、情報技術の発達によって日本人にとっての海外が、「旅行という非日常の体験」から「SNSやネットサーフィンという日常」に溶け込み精神的により身近な存在になったことと同様に、逆から見れば海外の人間から見た日本も、精神的には非常に身近な存在へと変化している。

この現象を端的に示しているのが、プロレスラー中邑真輔のアメリカでの大人気ぶりだろう。

アメリカでの中邑真輔の大人気ぶり(Sami zayn vs shinsuke nakamara full match – YouTube)

確かにかつても武藤敬司が扮するザ・グレート・カブキの息子という設定のヒールレスラー「グレート・ムタ」が、WCW(World Championship Wrestling)の前身であるNWA(National Wrestling Alliance、全米レスリング同盟)で大人気となった例はある。

しかし、それは日本時代の武藤敬司としてのプロレス活動とは全く異なる東洋的なギミックを前面に押し出したものであり、覆面の様に顔に毒々しいペイントを施して世界の東端の島国日本から来たミステリアスな「謎のレスラー」という位置づけでの人気だった。

東洋から来たミステリアスな「謎のレスラー」というギミックでアメリカで大人気だったグレート・ムタ

しかし、中邑真輔の場合は、日本時代から全くプロレスラーとしてのスタイルを変えておらず、日本時代のままのクネクネとトリッキーな中邑真輔というキャラで現地のアメリカでも最初から大人気となっているのである。

これは何故なのかというと、海外の物好きのプロレスマニアがYouTubeなどの動画サイトで日本のプロレスを日本人と同様に簡単に閲覧出来る様になったためなのだ。

「日本には中邑真輔というクネクネとした動きの面白いプロレスラーがいる」と、渡米以前からプロレスマニアの間で話題や人気となっていたのである。

かつてのグレート・ムタと中邑真輔の現地での扱いの違いは、情報社会の進展によって国内と海外の精神的な隔たりや垣根が取り払われつつあることの一例と言えるだろう。

わざわざアメリカから日本に渡り現場の観客としてプロレスを体験をせずとも、映像やインターネットの情報によってほぼ全てを知ることが出来る様になったのである。

彼ら現地の観客にとっても、最初から中邑真輔はミステリアスな存在ではなく、よく見聞きしてすでに慣れ親しんでいる中邑真輔だったのだ。

この様なことは、インターネットや動画サイトが普及して以降、プロレスの世界だけではなくアイドルの世界でも同様にあることで、モーニング娘。のアメリカ初上陸ライブには、腕に「大好き亀井絵里」と入れ墨をした亀井絵里の壮絶なアメリカ人ガチ恋ヲタも現れた。

一度も出会ったことのない遠い日本のえりりんにガチ恋して腕に「大好き亀井絵里」と入れ墨をしてしまったアメリカのヲタ(テレビ東京「モーニング娘。アメリカ初上陸ライブ 」から)

日本から太平洋を隔て遠く離れたアメリカにいて、現場を一度も体験することもなくとも、ハロプロやモーニング娘。関連の動画などを視聴して推しメンに精神的な親しみを感じ、腕に「大好き亀井絵里」と入れ墨をするほどにガチ恋のヲタとなったのである。

現場で何かを体験することでしか得られない物は完全に無くなりつつある

この様に現在の世界は、SNSやインターネットの動画サイトなどによって、現場を体験せずとも十分の多くの情報を得られる社会となりつつつある。

そしてさらにアイドルの現場について言えば、アイドルについて知りその情報を得ることだけでなく、自分の存在をアイドルにアピールする面でも、現場よりもインターネットの方が遥かに遥かに近道なのである。

しつこい認知厨の現場ヲタが推しメンにうんざりされながら、大量買いする要らないCDに金を払い何度も握手会でループして自分の名前などを覚えさせようとして苦労している一方、大半のハロメンは2ちゃんねるの狼掲示板をかなり熱心に閲覧しスレ立てや書き込みなども頻繁に行っているので、狼掲示板に書き込めば簡単にハロメンから認知されるのだ。

「自分が何かを得ること」を目的としているのであれば、現場ヲタとして現場で何かを体験することの利点やメリットは限りなく小さくなりつつある。在宅ヲタは現場ヲタが得られるものを全て得られる、そして現場ヲタ以上のものを得られると断言出来る。

究極的に言ってしまえば、現代の情報化社会の中で現場ヲタにとって残されたアイドル現場活動の唯一の意味とは、「アイドルと共に最高の現場の空気を作り出す」という創造活動的な側面、自己犠牲的で奉仕活動的な側面のみなのだ。

その様に「周りと何かを分かち合う」「自分が何かを与える」という心構えではなく、アイドルからの認知を得ようとするなど「自分が何かを得ること」を現場に求める自己中心的で迷惑ヲタ的なノリの現場ヲタは、本来は現場ヲタではなくむしろ在宅ヲタに向いている。

自分だけが何かを得ようとするヲタではなく、周りのヲタと共に何かを生み出し、そして周りのヲタと何かを分かち合うことに幸せを感じられるヲタでなければ、現場ヲタであることの意味は全く無いし、わざわざ現場に行く必要も全くないのだ。周りにとってもアイドルにとっても迷惑だし、本人にとっても単なる金と時間の無駄使いである。

サムライこと有馬岳彦(40代半ば)の様なことがしたいのであれば現場ヲタにこだわる必要もあるが、普通にただ自分だけがアイドルを楽しむのであれば、在宅が一番効率的で多くの見返りを得ることができるのだ。

エンターテイナーとして「自分が何かを与える」ことを現場ヲタ活動の動機としているサムライこと有馬岳彦(吉川友「きっかけはYOU!」の後ろに映り込んで踊るサムライ)

現場での体験で得られるものが無価値化した先にある妄想こそが価値を持つ世界

この様にヲタとして何を得られるのかという観点であれば、現在は在宅ヲタであっても十分な情報が得られ、そしてアイドルから得られる認知においても現場ヲタよりも遥かに優位となっているが、現場での体験で得られるものが無価値化した先にあるのは、妄想こそが価値を持つ世界だ。

現場で何か大きな動きがあれば多くの現場ヲタがツイッターによってその情報を拡散するので、現場での体験のみを元に情報を発信する現場ヲタは、周りの数多くの現場ヲタの1人として完全に埋もれてしまう。そして情報は現場ヲタの無数のツイートから拡散され誰でも簡単に知ることができる。

誰でも簡単に現場の情報を世間に発信できるSNSによって情報の供給過剰が引き起こされたことで、需要と供給の経済原則によって、現場ヲタからのレポート情報の価値が相対的に大きく低下し無価値化しつつあるのだ。

逆にヲタの脳内で作り上げられた妄想は完全にオリジナルである。妄想はそのヲタの脳内にしか存在しないもので、そのヲタしか語ることが出来ない。現場ヲタからのレポートと違い供給過剰となることがないのだ。

これが脳内の妄想の価値が現場のレポートの価値を上回るという逆転現象だ。

そしてこの構造では、妄想の要素の大きい情報の方がより価値が高い。100%に近い純粋な妄想ほど情報として非常に価値が高く、客観的な事実の要素が大きく妄想の要素が小さいほどその情報の価値が低くなる。

例えば、現場で撮影したハロメンの画像を載せた現場ヲタのツイートと、ハロメンを描いた在宅ヲタのイラストのツイートであれば、後者の方が圧倒的に価値が高い。実際にツイートに対する反応や反響も、後者の方が断然いいだろう。

なぜなら画像よりもイラストの方が、その人間の脳内で作り上げられた妄想の要素がより大きいからだ。絵やイラストは妄想の要素が大きいために視覚的情報として価値が高いのだ。

そしてこれは、画像とイラストという視覚的な情報だけでなく文章での情報にも当てはまる。ただニュースの様に事実を羅列した文章よりも、妄想だらけの文章の方が情報として価値が高いのである。

そういう訳で、このブログではそんな妄想を重視する最先端の情報化社会の時代の流れに乗り遅れないよう、必死に妄想だらけの記事を書いているわけなのだ。

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